「本当の自分」を隠さなくていい
無意識に演じている自分
理由もなく疲れてしまう日があります。誰にも何も言われていないのに肩の力が抜けない。そんな感覚に心当たりはないでしょうか。
あるとき「生きづらさ」について話している人たちの言葉に触れてはっとしたことがあります。特に心に残ったのは「弱さを見せる場所がない」という一言でした。
学校でも職場でも家庭の中でさえも「強さ」や「がんばっていること」が評価されがちです。良い成績を取ること。期待に応えること。うまくやれていること。それが当たり前になっている環境から少し離れてみて初めて、自分がずっと生きづらさを抱えていたことに気づく人は少なくありません。
親が望む理想の自分を演じたり周りに話を合わせたり。そうした振る舞いは当たり前すぎて意識にものぼりません。けれどそれは本当の自分を隠して生きていることでもあります。
生きづらさは特別なことではない
生きづらさというと何か特別に大変な事情を抱えている人だけのものと思われがちです。けれども多かれ少なかれ誰もがそれを抱えています。
弱いところを見せたらがっかりされるかもしれない。期待に応えられなかったら価値がないと思われるかもしれない。そんな不安を心のどこかで感じたことがある人は多いはずです。
だからこそ素のままの自分を見せられる場所や相手が必要なのだと思います。それは誰かに正解を求められることのない安心できる場所です。
誰かのためではなく自分のために
以前、ヨガインストラクターの養成講座に参加したときのことです。すでに一度履修していたコースでしたが復習をかねて改めて参加しました。
同じ内容を学んでいるはずなのに繰り返すたびに理解が深まったり新しい発見があったりします。去年はできなかったポーズが少しできるようになっていることに気づいたとき、自分の成長を実感できました。
ヨガに限らず何かを身につけるということは一度で全部をマスターできるものではありません。基礎を積み重ねて少しずつ応用に進んでいく。ピラミッドのように底面を広げながら少しずつ高さを上げていくようなものです。
そうした地道な繰り返しは自分が心から楽しいと思えることでなければ続けることができません。誰かに強制されてやるのではなく自分の心の声を聴くこと。本当に自分がやりたいこと、楽しいと思えることに意識を向けること。
人生の限られた時間や体力は他人のためだけに使い切ってしまうものではありません。まずは自分のために使うことを優先していいのです。
弱さを見せてもいい場所で
誰かの期待に応え続けることに疲れたら少し立ち止まってみてください。演じることをやめても価値がなくなるわけではありません。
弱さを見せられる場所は探せば必ずどこかにあります。もし見つかっていなくてもまだ出会っていないだけなのだと思います。
自分のために時間を使うこと。素のままの自分でいられる場所を持つこと。それはこれから先も自分らしく生きていくためにとても大切なことなのだと思います。